仏教アワーをお聞きの皆様、おはようございます。私は岡山市北区上中野にあります日蓮宗正福寺住職稲垣教真でございます。今朝は「日蓮聖人と報恩」についてお話させていただきたいと思います。
10月に入りいよいよ秋の到来を身近に感じる頃となりました。とくに樹木の紅葉がこれからいっそう進むと、晴れた日には誘われるように紅葉を楽しみに出かけたくなります。近年、心に残っているのは蒜山高原から大山に至る道のり、鬼女台展望所から眺めた光景は美しく、雄大でした。さらに車道近くのカエデやブナの原生林に入ると、木々の葉っぱは赤や黄色に色づき、木漏れ日を受けて輝いています。風と共に散る葉を眺めていると、葉っぱというより花びらが散っているようで、不思議な感覚になります。散った葉も地面に堆積して肥料となり、木を成長させる養分になります。老木も朽ちて倒れれば肥やしとなることでしょう。
たとえ老木が枯れても、樹木は葉と共に実を落とすことにより、新しい生命を息吹かせます。私はこの光景を眺める度に、日蓮聖人がしたためられた「報恩抄」の一節「花は根にかえり、真味は土にとどまる」のお言葉を思い出し、穏やで心が満たされたような気持ちになります。
日蓮聖人は晩年、甲斐の国、山梨県の身延山に入られ、その後、3年目に師匠の道善房が亡くなられました。そして、師匠への報恩のためにこの「報恩抄」をしたためられ、ご自身は体調を弱められていたためお弟子の日向上人を安房の国、千葉県の清澄寺に使わされました。そして師匠の墓前にて「報恩抄」を読み菩提をお祈りされたそうです。
日蓮聖人のご一生は法華経を民衆に弘めるため命を惜しまない辛く厳しいものでした。大難四ヶ度小難数知れずといわれるように、あわや命をなくされようとした龍口の刑場も、極寒の地佐渡島の流人生活も法華経の花を咲かせ、日本にお題目の真味を植え付ける大善になりました。これが「法華経の行者」と言われる所以です。
やがて、流罪を許され身延山に入られた日蓮聖人は、本仏・お釈迦様と諸天善神のご加護、またご自身に縁のあった方々の支援、助力でこれまでの苦難の日々に耐えられた事を感謝され、報恩のお経を読誦されるとともに、未来にお題目の広がる事を願って、弟子や信徒への手紙、著述を通して信仰指導にあたられました。
中でも、道善房はご自身が仏門に入ったときの師匠です。後に日蓮聖人とは信仰上の考えは異なりましたが、仏道修行を助け、信仰が異なる為政者や信徒からの迫害から救っていただいた事もありました。身延山で師匠の訃報を聞かれた日蓮聖人は万感胸に迫るものがあられたでしょう。
報恩抄には「人としての貴い行いは恩を報ずることである」ということから書き始められます。そして「この功徳は故道善房の聖霊の御身にあつまるべし」、すなわち、自身が命がけで唱え、弘め続けたお題目の功徳は必ず道善房の御霊、御身に集まるであろうと、述べておられます。
また、日蓮聖人は「開目抄」という著述に「仏弟子は必ず四恩を知って知恩報恩を報ずべし」とも述べられておられます。ここでいう四恩、四つの恩とは、まず第一にみ仏が衆生を様々な教えにより救いの道を示される事への恩、すなわち仏・法・僧の三宝への恩。第二に私たちが住む社会における国主への恩。第三に共に生きるすべての人々、すなわち一切衆生への恩。第四に私たちを生み、育んでくれた父母への恩であります。
しかし、私たちは近代化の歩みの中で利便性や効率化に重点をおくあまり、人と人との関係性の中で大事なものの多くを失ってきたのではないかと思います。その中の一つに「恩」という徳目も軽視されるようになりました。代わりに、自己中心的な考え方がはびこり、すべてが「あたりまえ」という驕りとなりました。そして社会から、人間として他者を思いやる温もりをも削ぎ落としてしまったのではないか、と感じることがあります。これは仏事にも言えるかもしれません。
先日、秋のお彼岸のお経回りをおこないました。お寺ではお盆をはじめ年に数回、お檀家のお宅に参上し、ご先祖へのご回向をさせていただいています。たいがい一日に数十件のお宅を回りますので、自然と時間を気にするようになります。それでもわずかな時間であっても、法事や仏事の相談があれば、お話をお聞きしお答えするようにしています。
そんなご相談のなかで多いのは「50年が済んだお位牌があるがどうしたらいいか?」または「位牌が増えたので整理をしたい」というものです。宗派や地域によって異なりますが一般的にお位牌は50回忌が済んだら「弔い明け」といって整理しても構わないことになっています。しかし、私個人的には必ずしもそうしなければならないとは思いません。ご縁在るご先祖ですので出来ればそのままお祀りいただきたいと思います。とはいえお仏壇はその家々で大小様々有り、比較的大きいお仏壇であっても案外お位牌を並べるスペースは限られています。代が変わり長年お祀りしていると、いずれ自分自身のお位牌を置くスペースも確保しておかなければならず、この様な問題は多くの方が経験する問題かと思います。その際、私は50年を過ぎたお位牌は脱魂(お性根抜き)を行い、お預かりしてお焚き上げを行っています。
そこで私が気をつけているのはお位牌をただ整理するだけでなく、位牌に記されていた法号(戒名)、俗名、逝去年月日等を「繰り出し位牌」や「過去帳」をお作りし、そこに書き写し残すということです。
確かに2代も3代も前で、血は繋がっていても顔も知らない、記憶も無い存在であれば丁寧に供養をしてお焚き上げさえすれば、先祖代々という大きなくくりで捉えることも問題はないかもしれません。しかしどんなに時間は流れ時代を経ようとも、私たちの命が脈々と受け継がれてきた「生かされている命」であり、植物で喩えるならご先祖は根、私たち子孫は枝や葉であるととらえ、ご先祖を大事にすることは自らの足下、大地にはった根っこに水や肥料をやるようなものです。私たちが今ここに生きているということは、名前も知らない、顔も見たこともない、遠い過去にいらっしゃったあまたのご先祖から、自分がよく知っているおじいさんおばあさんや、お父さんお母さんに、そして自分へと命が受け継がれてきたということなのです。まさにご先祖には大切なご縁と大いなるご恩が有り、それに報いる報恩の営みこそ縁起の教えを説く仏道の根本といえるのでしょう。
さて、来週に迫った10月13日は日蓮宗を鎌倉時代に開かれた日蓮聖人のご命日です。全国の日蓮宗寺院ではこの日を中心に日蓮聖人への報恩の法要「お会式」が執り行われ、今年で734回目を数えます。なかでも日蓮聖人御入滅の霊跡、東京・池上本門寺のお会式は有名で、お逮夜には全国各地から100基を越える活気に満ちた万灯講中が練り歩き、一晩で30万人を越える人手で賑わいます。その様子は江戸時代から秋の風物詩として知られ、歌川広重の「名所江戸百景」などの浮世絵にも当時の賑わいが伝えられています。また、俳句では「お会式」は秋の季語とされ、かの松尾芭蕉の俳句にも読まれています
皆様はお会式にお参りしたことはございますか。「お会式」は「お講」とも言われ、岡山では月遅れの11月に行われる寺院が多いようです。どうか共々で日蓮聖人ご入滅の往時を偲び、そのお心に触れ御報恩の誠を捧げていただきたいと思います。そして、私たちの心、そして身の回り社会全体を、明るく照らし出すために、日蓮聖人の報恩の心、すなわち「ご恩」や「おかげさま」といった心を学び、自らの生活の規範としていきたいものです
今朝は、岡山市北区上中野正福寺住職、稲垣教真がお話しさせていただきました。ありがとうございました。 南無妙法蓮華経