昔からお寺に伝わる大きなお曼荼羅の修復をしました。室町時代、備前法華の基礎を築かれた大覚大僧正が書かれた大曼荼羅です。年二回のご開帳の時以外は大切にお寺の蔵に保管され、先の大戦の時にも戦火を免れたお寺の宝です。代々大切に扱ってきましたが、六百年以上経つとさすがに傷んできました。修復業者に預け約一年かけて丁寧に修復をしてもらいました。今回は二回目の修復です。とは言っても前回の修復は、元禄十四年(一七〇一)ですから、三百年以上前になります。
この大曼荼羅を修復に出してから数ヶ月後のことです。境内にある大覚大僧正供養塔に異変が起こりました。塔の中央にあるガラスがはめ込まれた部屋の内部が外から全く見えなくなったのです。以前は仏様の姿がぼんやりと見えていたのですが、全く見えません。長年開いたことのない正面のガラス戸を苦労して開けてみると、天井板が落ちて、仏様を覆い隠していました。その天井裏から、江戸時代の経本やお曼荼羅が出てきました。仏様を見ると手がはずれ、ひびが入り、かなり傷んだ状態です。でもお顔は傷もなくきれいなままで、長い間西日にさらされていたはずなのに、金色の肌を保っていらっしゃいます。お出ししてほこりを払ってみると、美しいありがたいお姿をした多宝如来像(背中に墨書がありました)でした。
同時に出てきたお曼荼羅の年号を見ると宝永七年(一七一〇)とありますから、大曼荼羅の前回修復の約十年後に納められたようです。大覚様の大曼荼羅修復中に、大覚大僧正供養塔から仏様がお出ましになったのは、きっと深い因縁があってのことだろうと思い、一緒に修復をしていただくことにしました。
多宝如来は法華経が真実であることを証明するため、法華経が説かれる場にお出ましになる仏様です。大曼荼羅修復と時を同じくしてお出ましになったことに、深い感動を覚えました。
心の散歩道VOL.20(2005年発行)より



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