6月2日〜3日、日蓮宗岡山県修法師会は県外研修として、大阪府の妙泉寺、住吉大社、本山・妙國寺、および兵庫県の廣田神社を訪れました。
ここ数年の県外研修では、「法華三十番神」にゆかりのある神社仏閣へ参拝しております。今回は台風6号の接近に伴い、行程がスムーズに進むか心配されましたが、ひとまず滞りなく出発することができました。
大阪府和泉市・妙泉寺参拝
〈6月2日〉和泉市・妙泉寺 午前中は和泉市の妙泉寺へ参拝いたしました。妙泉寺には一木三体の祖師像があり、御開帳のあと、読誦・御宝前法楽をさせていただきました。
【泉州和気 妙泉寺】 歴応年間(1339年)に大覚大僧正により開創されました。岡山県の寺院の多くは大覚大僧正が開山であり、また妙泉寺の住所も「和気町」であることから、岡山県とは大変深いご縁のあるお寺です。 一本の古木を三つに分け、その一部から祖師像が彫られました。木の下の部分を使って作られたことから「腰から下の病に霊験がある」と昔から信仰されており、病から回復した際にはお礼参りに下駄を奉納するのが習慣とされているとのことです。 境内には、翌日参拝する本山・妙國寺の開基である「三好実休の墓所」があります。








大阪府・住吉大社参拝
〈6月2日〉住吉大社 午後には、法華三十番神の一柱を祀る住吉大社(23日 住吉大明神)を正式参拝いたしました。その後、法華経を読誦・法楽修法を執り行い、研修の安全と宗門の発展、参加された会員自坊の繁栄、ならびに会長の体調回復を祈願いたしました。
【住吉大社】摂津国一之宮 住吉神社の総本社 古くは摂津国の中でも、由緒が深く、信仰が篤い神社として、「一之宮」という社格がつけられ、人々に親しまれてきました。昭和21年までは官幣大社であり、全国約2300社余の住吉神社の総本社でもあります。
鎮座:神功皇后摂政11年(西暦211年)
社格:延喜式名神大社・神階正一位・二十二社・摂津国一之宮・旧官幣大社
祭神: 第一本宮 底筒男命 第二本宮 中筒男命 第三本宮 表筒男命 第四本宮 息長足姫命(神功皇后) (ウェブサイトより引用)




〈6月3日〉大阪城・豊国神社 2日目は台風の影響もなく、傘を差さずに行動することができました。今年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』で描かれている豊臣秀吉公を祀る豊国神社と、大阪城を参拝・見学いたしました。



大阪府堺市・妙國寺参拝
〈6月3日〉本山・妙國寺 午前中には本山・妙國寺へ参拝いたしました。ご厚意により寺宝の鬼子母神像を本堂御宝前に安置いただき、その本堂にて総要品を読誦し、御宝前法楽を営んだあと、ソテツ伝説や堺事件の舞台となった同寺の資料や寺宝物を拝見し、参加者一同、深く感銘を受けておりました。平素より資料や枯山水の庭が見学できるようです。興味のある方はぜひご参拝ください。
【本山・妙國寺】 正親町天皇の永禄年間に、当時四国の阿波より兵を起こして畿内を支配していた三好長慶の弟・三好義賢(実休)が、仏心院日珖上人に帰依し、寺領を寄進しました。しかし、永禄5年(1562年)の久米田の戦いで志半ばにして戦死しました。その後、上人の父や兄の協力により伽藍が整えられ、永禄11年(1568年)に完成いたしました。





兵庫県西宮市・廣田神社参拝
〈6月3日〉廣田神社 午後には、法華三十番神の一柱を祀る廣田神社(3日 廣田大明神)を正式参拝し、法華経を読誦・法楽修法を執り行いました。 参拝した日は奇しくも「廣田大明神」の担当日でありました。さらに、宮司様が岡山県ご出身ということもあり、故郷を大変懐かしんでお話ししてくださいました。思いもよらないご縁に恵まれ、非常にありがたく、また不思議なご縁を感じるひとときとなりました。
また余談ですが、廣田神社は毎年阪神タイガースの必勝祈願がされており、バットが奉納されておりました。
【廣田神社】 廣田神社は、神功皇后摂政元年(西暦201年)、国難打破の道を示し、皇子(第15代應神天皇)のご懐妊を告げ、安産を守り、軍船の先鋒となり導き、建国初の海外遠征に大勝利を授けられた天照大御神の御神誨を受けた神功皇后(第14代仲哀天皇のお后・右の出陣図参照)により、御凱旋の帰途、武庫の地・廣田の国(芦屋・西宮から尼崎西部)に大御神の『荒魂』を国土の鎮め外難の護りとして鎮め祭ったと、『日本書紀』に記されている兵庫県第一の古社です。
御祭神:天照大御神之荒御魂
御脇殿:住吉大神・八幡大神・諏訪建御名方大神・高皇産霊大神 (ウェブサイトより引用)







【三十番神】一か月三十日の間、毎日当番で人々を守る三十の善神のこと。最澄が比叡山で日本諸国の神々を勧請して守護を請うたに仏教における三十番神信仰が始まるとされる。
日蓮宗に取り入れられたのは日蓮大聖人からという説もあるが、日像聖人の時からとみられている。神祇信仰の盛んな京都での布教に苦心していた日像聖人は、日蓮の神天上法門をもって、当日比叡山で信仰されていた三十番神を取り入れることによって、布教の円滑を図ったのであろう。
以来三十番神の信仰は盛んになり、三十番神堂が建立され、現世利益の効験を祈って多くの人が詣でるようになった。さらに寺の本堂などに置く過去帳には題目とともに、その日を守護する神名が記されるようになった。(日蓮宗小辞典より引用)
〈結びに〉 毎年、三十番神を祀る寺社に参拝しておりますが、宗門寺院とは異なる厳かな雰囲気や、自然との調和を感じさせられることが多々あります。県外研修を通じて、参加された一人ひとりが新たな気づきを得られたことと存じます。
会員各聖におかれましては、今後とも積極的なご参加を何卒よろしくお願い申し上げます。


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